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四国霊場八十八ヶ所・第75番札所。弘法大師の誕生地にして、真言宗善通寺派の総本山。弘法大師の誕生した地として知られる真言宗最初の根本道場。高野山の金剛峯寺、京都の東寺とともに大師三大霊跡のひとつで、空海ゆかりの国…

四国霊場八十八ヶ所・第75番札所。弘法大師の誕生地にして、真言宗善通寺派の総本山。弘法大師の誕生した地として知られる真言宗最初の根本道場。高野山の金剛峯寺、京都の東寺とともに大師三大霊跡のひとつで、空海ゆかりの国…

四国霊場八十八ヶ所・第88番札所で、結願の寺。矢筈山(788m)の東側にあり、寺に上る石段脇に「八十八番結願所」の石碑があり、参拝客には感慨深いものがあります。二天門をくぐると正面に本堂があります。大師堂の内拝口…

四国霊場八十八ヶ所・第88番札所で、結願の寺。矢筈山(788m)の東側にあり、寺に上る石段脇に「八十八番結願所」の石碑があり、参拝客には感慨深いものがあります。二天門をくぐると正面に本堂があります。大師堂の内拝口…

四国霊場八十八ヶ所・第84番札所。もとは天平勝宝5年に鑑真和上が唐から難波に向かう途中屋島を訪れ、屋島北嶺にお堂を建てたのがはじまりで、四国霊場唯一鑑真和上が開基したお寺として有名です。のちの弘仁6年に弘法大師が…

四国霊場八十八ヶ所・第84番札所。もとは天平勝宝5年に鑑真和上が唐から難波に向かう途中屋島を訪れ、屋島北嶺にお堂を建てたのがはじまりで、四国霊場唯一鑑真和上が開基したお寺として有名です。のちの弘仁6年に弘法大師が…

四国霊場八十八ヶ所・第79番札所。五色台にある。崇徳上皇の冥福を祈願して崇徳天皇社が建立され、天皇ゆかりの寺ということで「天皇寺」と呼ばれるようになった。近くには、天皇陵や崇徳上皇ゆかりの神社や史跡が点在する。

四国霊場八十八ヶ所・第79番札所。五色台にある。崇徳上皇の冥福を祈願して崇徳天皇社が建立され、天皇ゆかりの寺ということで「天皇寺」と呼ばれるようになった。近くには、天皇陵や崇徳上皇ゆかりの神社や史跡が点在する。

小豆島四国88ヶ所霊場の1つ、宝生院の境内にある真柏(シンパク)の大樹。真柏としては国指定の特別天然記念物で、日本最大のものと言われています。応神天皇の手植えによるものと伝えられ、樹齢はなんと1500年以上。幹の…

小豆島四国88ヶ所霊場の1つ、宝生院の境内にある真柏(シンパク)の大樹。真柏としては国指定の特別天然記念物で、日本最大のものと言われています。応神天皇の手植えによるものと伝えられ、樹齢はなんと1500年以上。幹の…

四国霊場八十八ヶ所・第71番札所。仁王門から本堂までの急勾配な石段は、なんと540段という難所。大師堂は、岩壁を背に、囲まれたように建てられている。中へ入ると獅子が口を開いたような形をした岩窟があり、大師像など、…

四国霊場八十八ヶ所・第71番札所。仁王門から本堂までの急勾配な石段は、なんと540段という難所。大師堂は、岩壁を背に、囲まれたように建てられている。中へ入ると獅子が口を開いたような形をした岩窟があり、大師像など、…

四国霊場八十八ヶ所・第82番札所。巡行中の弘法大師が、この地を訪れて五色台の中の主峰、青峰五大明王を祀り花蔵院と称しました。また、智証大師が香木で千手観音像を刻んで千手院を創建し、この二院を総称して根香寺と号した…

四国霊場八十八ヶ所・第82番札所。巡行中の弘法大師が、この地を訪れて五色台の中の主峰、青峰五大明王を祀り花蔵院と称しました。また、智証大師が香木で千手観音像を刻んで千手院を創建し、この二院を総称して根香寺と号した…

四国霊場八十八ヶ所・第72番札所。創建は飛鳥時代の596年と伝えられ、最初は世坂寺と呼ばれていた。弘法大師が唐から帰ってのち、母・玉依御前の菩提寺としておよそ3年かけて寺を建立し、曼荼羅と改名したと伝えられている…

四国霊場八十八ヶ所・第72番札所。創建は飛鳥時代の596年と伝えられ、最初は世坂寺と呼ばれていた。弘法大師が唐から帰ってのち、母・玉依御前の菩提寺としておよそ3年かけて寺を建立し、曼荼羅と改名したと伝えられている…

四国霊場八十八ヶ所・第81番札所。五色台の白峰山にある。弘仁6年(815年)弘法大師(空海)が、白峯山中に如意宝珠を埋め、閼伽井(あかい)を掘り、堂を建立したと伝えられている。県道鴨川・五色台線から白峯寺へ入る途…

四国霊場八十八ヶ所・第81番札所。五色台の白峰山にある。弘仁6年(815年)弘法大師(空海)が、白峯山中に如意宝珠を埋め、閼伽井(あかい)を掘り、堂を建立したと伝えられている。県道鴨川・五色台線から白峯寺へ入る途…

四国霊場八十八ヶ所・第86番札所。大きな五重塔が目印の志度寺は、瀬戸内海(志度湾)がすぐ近くにあり、あたりに潮の香りが漂います。寺には、志度寺縁起にもなっている、竜神から宝珠を取り返す「海女の玉取り伝説」をはじめ…

四国霊場八十八ヶ所・第86番札所。大きな五重塔が目印の志度寺は、瀬戸内海(志度湾)がすぐ近くにあり、あたりに潮の香りが漂います。寺には、志度寺縁起にもなっている、竜神から宝珠を取り返す「海女の玉取り伝説」をはじめ…

四国霊場八十八ヶ所・第87番札所で、街中にあります。山門の仁王門は鐘楼を兼ねており、大草鞋がかかっています。その門前にある「経幢(きょうどう)」は元寇の役の出征将兵の霊を慰めるために建てられた供養塔で、国の重要文…

四国霊場八十八ヶ所・第87番札所で、街中にあります。山門の仁王門は鐘楼を兼ねており、大草鞋がかかっています。その門前にある「経幢(きょうどう)」は元寇の役の出征将兵の霊を慰めるために建てられた供養塔で、国の重要文…

四国霊場八十八ヶ所・第85番札所。弘法大師が修行中に5本の剣が降ってきたので、それを山中に埋めて山の鎮護とし大日如来の像を刻んだことにちなみ、五剣山と名付けられました。また入唐前に入唐求法の成否を占うために植えた…

四国霊場八十八ヶ所・第85番札所。弘法大師が修行中に5本の剣が降ってきたので、それを山中に埋めて山の鎮護とし大日如来の像を刻んだことにちなみ、五剣山と名付けられました。また入唐前に入唐求法の成否を占うために植えた…

四国霊場八十八ヶ所・第76番札所。天台宗寺門派の園城寺の末寺で、本尊は智証大師作の薬師如来、脇に日光・月光両菩薩を安置している。また、寺宝としては鎌倉時代の作で国の重要文化財「絹本著色智証大師像」と室町時代の作と…

四国霊場八十八ヶ所・第76番札所。天台宗寺門派の園城寺の末寺で、本尊は智証大師作の薬師如来、脇に日光・月光両菩薩を安置している。また、寺宝としては鎌倉時代の作で国の重要文化財「絹本著色智証大師像」と室町時代の作と…

四国霊場八十八ヶ所・第73番札所。真言宗御室派。本尊は弘法大師作の釈迦如来で、虚空蔵菩薩も安置されている。お大師さまが釈迦如来を自ら刻み寺を建立して「出釈迦寺」と名づけ、山の名を我拝師山と改めたと伝えられ、300…

四国霊場八十八ヶ所・第73番札所。真言宗御室派。本尊は弘法大師作の釈迦如来で、虚空蔵菩薩も安置されている。お大師さまが釈迦如来を自ら刻み寺を建立して「出釈迦寺」と名づけ、山の名を我拝師山と改めたと伝えられ、300…

四国霊場八十八ヶ所・第78番札所。奈良時代に高僧・行基が開創した。弘法大師が本尊を刻み、厄除けの誓願を行ったことから、厄除けうたづ大師として信仰を集めるようになった。真言宗と時宗の両宗を奉ずる四国札所唯一の寺。

四国霊場八十八ヶ所・第78番札所。奈良時代に高僧・行基が開創した。弘法大師が本尊を刻み、厄除けの誓願を行ったことから、厄除けうたづ大師として信仰を集めるようになった。真言宗と時宗の両宗を奉ずる四国札所唯一の寺。

今から1,300年ほど前に、日証上人が琴弾八幡宮の別当として創立。国の重要文化財観音寺金堂がある。大同年間弘法大師が7代住職の時、本尊 聖観世音菩薩をはじめ諸像を安置し、七堂伽藍を建立して観音寺と改める。四国霊場…

今から1,300年ほど前に、日証上人が琴弾八幡宮の別当として創立。国の重要文化財観音寺金堂がある。大同年間弘法大師が7代住職の時、本尊 聖観世音菩薩をはじめ諸像を安置し、七堂伽藍を建立して観音寺と改める。四国霊場…

四国霊場八十八ヶ所・第70番札所、五重塔が立つ境内の景色は壮観である。本堂は寄棟造り、本瓦葺きの重厚な建物。正安2年(1300年)の創建で戦火を逃れ、当時の姿を残している。外観は京都風、内部は奈良風の鎌倉時代の折…

四国霊場八十八ヶ所・第70番札所、五重塔が立つ境内の景色は壮観である。本堂は寄棟造り、本瓦葺きの重厚な建物。正安2年(1300年)の創建で戦火を逃れ、当時の姿を残している。外観は京都風、内部は奈良風の鎌倉時代の折…

四国霊場八十八ヶ所・第77番札所。和銅5年(奈良時代頃)この地方の領主・和気道隆公が、誤って射た乳母の供養に桑の大木から薬師如来像を彫り、堂を立てたのが寺のおこりといわれている。その領主の名に由来して道隆寺とされ…

四国霊場八十八ヶ所・第77番札所。和銅5年(奈良時代頃)この地方の領主・和気道隆公が、誤って射た乳母の供養に桑の大木から薬師如来像を彫り、堂を立てたのが寺のおこりといわれている。その領主の名に由来して道隆寺とされ…

宇多津古街は中世以降に港町として繁栄した地区で、由緒ある神社仏閣や、古い日本家屋の「町家」が作られ、それが今も多く残っている。 四国八十八ヵ所霊場の第78番札所「郷照寺」があることから、遍路道として利用されてお…

宇多津古街は中世以降に港町として繁栄した地区で、由緒ある神社仏閣や、古い日本家屋の「町家」が作られ、それが今も多く残っている。 四国八十八ヵ所霊場の第78番札所「郷照寺」があることから、遍路道として利用されてお…

阿讃山脈の雲辺寺山(標高927m)に「66番札所雲辺寺」がある。四国霊場中最高峰に位置すること、また修行道場であったことから別名「四国高野」とも呼ばれている。香川県の1番ではあるが実際は徳島県に位置する。ただし、…

阿讃山脈の雲辺寺山(標高927m)に「66番札所雲辺寺」がある。四国霊場中最高峰に位置すること、また修行道場であったことから別名「四国高野」とも呼ばれている。香川県の1番ではあるが実際は徳島県に位置する。ただし、…