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古くから「さぬきのこんぴらさん」として親しまれている海の神様です。参道の長い石段は有名で、本宮まで785段、奥社までの合計は1368段にも及びます。参道から奥社までの石段沿いには大門、五人百姓、国の重要文化財「書…

古くから「さぬきのこんぴらさん」として親しまれている海の神様です。参道の長い石段は有名で、本宮まで785段、奥社までの合計は1368段にも及びます。参道から奥社までの石段沿いには大門、五人百姓、国の重要文化財「書…

開催期間:令和元年8月4日(日)・5日(月)

本殿へお参りできるのは、毎年夏季大祭の2日間だけ!

瀬戸内海の沖に浮かぶ小さな島に奉られている津嶋神社は、子供の健康と成長の守り神。 県内外から多くの観光客の方々が訪れます。 毎年8月4日・5日の夏季大祭には、海岸から島まで架けられた渡り橋を歩いて社まで渡るこ…

四国霊場八十八ヶ所・第75番札所。弘法大師の誕生地にして、真言宗善通寺派の総本山。弘法大師の誕生した地として知られる真言宗最初の根本道場。高野山の金剛峯寺、京都の東寺とともに大師三大霊跡のひとつで、空海ゆかりの国…

四国霊場八十八ヶ所・第75番札所。弘法大師の誕生地にして、真言宗善通寺派の総本山。弘法大師の誕生した地として知られる真言宗最初の根本道場。高野山の金剛峯寺、京都の東寺とともに大師三大霊跡のひとつで、空海ゆかりの国…

四国霊場八十八ヶ所・第71番札所。仁王門から本堂までの急勾配な石段は、なんと540段という難所。大師堂は、岩壁を背に、囲まれたように建てられている。中へ入ると獅子が口を開いたような形をした岩窟があり、大師像など、…

四国霊場八十八ヶ所・第71番札所。仁王門から本堂までの急勾配な石段は、なんと540段という難所。大師堂は、岩壁を背に、囲まれたように建てられている。中へ入ると獅子が口を開いたような形をした岩窟があり、大師像など、…

四国霊場八十八ヶ所・第84番札所。もとは天平勝宝5年に鑑真和上が唐から難波に向かう途中屋島を訪れ、屋島北嶺にお堂を建てたのがはじまりで、四国霊場唯一鑑真和上が開基したお寺として有名です。のちの弘仁6年に弘法大師が…

四国霊場八十八ヶ所・第84番札所。もとは天平勝宝5年に鑑真和上が唐から難波に向かう途中屋島を訪れ、屋島北嶺にお堂を建てたのがはじまりで、四国霊場唯一鑑真和上が開基したお寺として有名です。のちの弘仁6年に弘法大師が…

四国霊場八十八ヶ所・第81番札所。五色台の白峰山にある。弘仁6年(815年)弘法大師(空海)が、白峯山中に如意宝珠を埋め、閼伽井(あかい)を掘り、堂を建立したと伝えられている。県道鴨川・五色台線から白峯寺へ入る途…

四国霊場八十八ヶ所・第81番札所。五色台の白峰山にある。弘仁6年(815年)弘法大師(空海)が、白峯山中に如意宝珠を埋め、閼伽井(あかい)を掘り、堂を建立したと伝えられている。県道鴨川・五色台線から白峯寺へ入る途…

四国霊場八十八ヶ所・第88番札所で、結願の寺。矢筈山(788m)の東側にあり、寺に上る石段脇に「八十八番結願所」の石碑があり、参拝客には感慨深いものがあります。二天門をくぐると正面に本堂があります。大師堂の内拝口…

四国霊場八十八ヶ所・第88番札所で、結願の寺。矢筈山(788m)の東側にあり、寺に上る石段脇に「八十八番結願所」の石碑があり、参拝客には感慨深いものがあります。二天門をくぐると正面に本堂があります。大師堂の内拝口…

四国霊場八十八ヶ所・第72番札所。創建は飛鳥時代の596年と伝えられ、最初は世坂寺と呼ばれていた。弘法大師が唐から帰ってのち、母・玉依御前の菩提寺としておよそ3年かけて寺を建立し、曼荼羅と改名したと伝えられている…

四国霊場八十八ヶ所・第72番札所。創建は飛鳥時代の596年と伝えられ、最初は世坂寺と呼ばれていた。弘法大師が唐から帰ってのち、母・玉依御前の菩提寺としておよそ3年かけて寺を建立し、曼荼羅と改名したと伝えられている…

宗道臣は、昭和22(1947)年、多度津町において「人づくり」のための「行」として「少林寺拳法」を創始しました。 金剛禅総本山少林寺では、社会に役立つ人づくりの行として、「少林寺拳法」で身心を養い、自身を頼りに…

宗道臣は、昭和22(1947)年、多度津町において「人づくり」のための「行」として「少林寺拳法」を創始しました。 金剛禅総本山少林寺では、社会に役立つ人づくりの行として、「少林寺拳法」で身心を養い、自身を頼りに…

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の魂が白鳥になって降り立ったといわれる神社。春・夏・秋に、盛大な大祭が開催されます。また、神社内にある通称「みやま(御山)」は標高3.6m。日本一低い山として地域おこしをしています…

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の魂が白鳥になって降り立ったといわれる神社。春・夏・秋に、盛大な大祭が開催されます。また、神社内にある通称「みやま(御山)」は標高3.6m。日本一低い山として地域おこしをしています…

四国霊場八十八ヶ所・第76番札所。天台宗寺門派の園城寺の末寺で、本尊は智証大師作の薬師如来、脇に日光・月光両菩薩を安置している。また、寺宝としては鎌倉時代の作で国の重要文化財「絹本著色智証大師像」と室町時代の作と…

四国霊場八十八ヶ所・第76番札所。天台宗寺門派の園城寺の末寺で、本尊は智証大師作の薬師如来、脇に日光・月光両菩薩を安置している。また、寺宝としては鎌倉時代の作で国の重要文化財「絹本著色智証大師像」と室町時代の作と…

讃岐宮香川県護国神社は約1万200坪の広大な敷地を有し、約4,600本の木々が植えられた緑の森に囲まれている。ここは明治維新以来、国のために尊い命をささげた香川県出身の英霊が祭られていて、境内には日本一社交通神社…

讃岐宮香川県護国神社は約1万200坪の広大な敷地を有し、約4,600本の木々が植えられた緑の森に囲まれている。ここは明治維新以来、国のために尊い命をささげた香川県出身の英霊が祭られていて、境内には日本一社交通神社…

桃太郎と三人の勇士、爺婆の墓や石碑がある。鬼無桃太郎伝説は稚武彦命が三人の勇士を従えて海賊退治をおこなったという話を、讃岐国司だった菅原道真が地元の漁師から聞き、おとぎ話にまとめたものが全国に広まったとされていま…

桃太郎と三人の勇士、爺婆の墓や石碑がある。鬼無桃太郎伝説は稚武彦命が三人の勇士を従えて海賊退治をおこなったという話を、讃岐国司だった菅原道真が地元の漁師から聞き、おとぎ話にまとめたものが全国に広まったとされていま…

四国霊場八十八ヶ所・第86番札所。大きな五重塔が目印の志度寺は、瀬戸内海(志度湾)がすぐ近くにあり、あたりに潮の香りが漂います。寺には、志度寺縁起にもなっている、竜神から宝珠を取り返す「海女の玉取り伝説」をはじめ…

四国霊場八十八ヶ所・第86番札所。大きな五重塔が目印の志度寺は、瀬戸内海(志度湾)がすぐ近くにあり、あたりに潮の香りが漂います。寺には、志度寺縁起にもなっている、竜神から宝珠を取り返す「海女の玉取り伝説」をはじめ…

四国霊場八十八ヶ所・第85番札所。弘法大師が修行中に5本の剣が降ってきたので、それを山中に埋めて山の鎮護とし大日如来の像を刻んだことにちなみ、五剣山と名付けられました。また入唐前に入唐求法の成否を占うために植えた…

四国霊場八十八ヶ所・第85番札所。弘法大師が修行中に5本の剣が降ってきたので、それを山中に埋めて山の鎮護とし大日如来の像を刻んだことにちなみ、五剣山と名付けられました。また入唐前に入唐求法の成否を占うために植えた…

四国霊場八十八ヶ所・第74番札所。甲山寺は善通寺派の関係寺院で本尊は薬師如来。弘法大師が満濃池を修築した功績で朝廷より賜った報償金によって寺を建て、自ら本尊を祀ったと伝えられている。本堂左手の石段を登ると大師堂、…

四国霊場八十八ヶ所・第74番札所。甲山寺は善通寺派の関係寺院で本尊は薬師如来。弘法大師が満濃池を修築した功績で朝廷より賜った報償金によって寺を建て、自ら本尊を祀ったと伝えられている。本堂左手の石段を登ると大師堂、…

四国霊場八十八ヶ所・第73番札所。真言宗御室派。本尊は弘法大師作の釈迦如来で、虚空蔵菩薩も安置されている。お大師さまが釈迦如来を自ら刻み寺を建立して「出釈迦寺」と名づけ、山の名を我拝師山と改めたと伝えられ、300…

四国霊場八十八ヶ所・第73番札所。真言宗御室派。本尊は弘法大師作の釈迦如来で、虚空蔵菩薩も安置されている。お大師さまが釈迦如来を自ら刻み寺を建立して「出釈迦寺」と名づけ、山の名を我拝師山と改めたと伝えられ、300…

四国霊場八十八ヶ所・第82番札所。巡行中の弘法大師が、この地を訪れて五色台の中の主峰、青峰五大明王を祀り花蔵院と称しました。また、智証大師が香木で千手観音像を刻んで千手院を創建し、この二院を総称して根香寺と号した…

四国霊場八十八ヶ所・第82番札所。巡行中の弘法大師が、この地を訪れて五色台の中の主峰、青峰五大明王を祀り花蔵院と称しました。また、智証大師が香木で千手観音像を刻んで千手院を創建し、この二院を総称して根香寺と号した…

四国霊場八十八ヶ所・第77番札所。和銅5年(奈良時代頃)この地方の領主・和気道隆公が、誤って射た乳母の供養に桑の大木から薬師如来像を彫り、堂を立てたのが寺のおこりといわれている。その領主の名に由来して道隆寺とされ…

四国霊場八十八ヶ所・第77番札所。和銅5年(奈良時代頃)この地方の領主・和気道隆公が、誤って射た乳母の供養に桑の大木から薬師如来像を彫り、堂を立てたのが寺のおこりといわれている。その領主の名に由来して道隆寺とされ…