札所の巡り方とおすすめモデルコース

1番から順番に巡る「順打ち」に対し、88番から逆に巡ることを「逆打ち」といいます。2016年は「逆打ち」遍路の年!
第88番札所がスタートの地。「逆打ち」では、ここで「発願」を
「逆打ち」遍路は出会いの遍路。
その理由としては、今も生きて、四国のどこかを巡っていると信じられている弘法大師が「順打ち」で巡っているので、「逆打ち」のほうが大師に出会いやすいということ。
また、遍路道は「順打ち」を想定して整えられているため、「逆打ち」のほうが難しい旅になるということが関係しているという説もあります。
幸せの道しるべをたどって、希望に出会う
人やモノ、コトに思い。
日々、いろいろな出会いを繰り返して、自分の道をつくっているわたしたち。
弘法大師に出会いやすくなると伝わる「逆打ち」遍路は、道しるべを逆にたどりながら、これまでの人生を振り返り、本来の自分をみつめる旅でもあります。
それぞれに個性的な札所をひとつひとつ巡るうちに、自分の心を開く出会いもあるはずです。

お遍路小冊子vol.1
お遍路小冊子vol.2
お遍路小冊子vol.3
「逆打ち」遍路のきっかけとなった衛門三郎の物語
伊予国(現愛媛県)を治めていた河野家の一族で浮穴郡荏原郷(現在の愛媛県松山市)の豪農に衛門三郎という者がいました。強欲で民の人望にも薄かった三郎。ある日、この三郎の目の前に、みすぼらしい身なりの僧が托鉢に訪れました。三郎は、追い払うために、鉢をたたき落とし、8つに割ってしまいます。以来、僧は来なくなりました。
三郎には8人の子どもがいましたが、その時から次々と子が亡くなり、ついに全員が亡くなってしまいます。悲しみに打ちひしがれていたところ、枕元に弘法大師が現れ、自分が非常な態度で追い払ってしまった僧が弘法大師であったことに気がつきました。
今までの自分の行いを後悔し、弘法大師に懺悔するために後を追う旅に出た三郎ですがなかなか弘法大師には会えず、四国遍歴は20回を超えていました。それでも、どうしても会いたい一心で今までの巡り方と逆方向に巡ってましたが、途中、現徳島県の焼山寺近くで疲れ果て、病に倒れてしまいます。意識が遠のいていくなか、ついに弘法大師が現れ、今までの非を詫びることができ、最後の望みとして来世には河野家に生まれ変わりたいと託して息を引き取りました。弘法大師は道ばたの石に「衛門三郎再来」と書いて、三郎の左の手に握らせました。
翌年、伊予国の領主、河野息利に長男が生まれたましたが、その子の手はしっかりと握られたまま開きません。困り果てた息利は、現愛媛県の石手寺に連れていき、祈願したところ、ようやく手が開き「衛門三郎」と書いた小石が出てきたそうです。
……この、伝説により、逆にまわると弘法大師に出会いやすくなるといわれるようになった「逆打ち」遍路。また、三郎が順路を逆にまわった年が、閏年であったため、「閏年は逆打ちの年」という説が生まれました。
※伝説には諸説あります。
弘法大師誕生の地で、7つの福運を授かる
  • 弘法大師生誕の地である、第75番札所 総本山善通寺

    弘法大師生誕の地である、第75番札所 総本山善通寺

第71番札所から第77番札所までの7ヶ所を一日で巡拝するコース。
江戸時代に描かれた「四国八十八番寺社名勝」絵図でもすすめられている、弘法大師のふるさとを巡るプランです。
各札所には「七福神のなで仏」がまつられているので、本堂、大師堂とともに参拝を。
遍路を締めくくる「結願」の道で、思いをあらたに
  • 結願寺である、第88番札所 大窪寺

    結願寺である、第88番札所 大窪寺

香川県の東の地域にある第84から第88番札所の5つの札所を巡拝するコース。
最終札所へ向かうまでの5寺を「あがり5ヶ寺」といい、お遍路の旅を締めくくる結願所大窪寺を含む5ヶ寺まいりは、
心願成就への思いをより強く抱きながら巡る道のりです。
東讃ならではの、のどかな風景に触れながら、心を解放し、今一度、願いについて考えてみましょう。
受験? 婚活? 叶えたい望みを仏様に祈願!
お遍路にかける思いは人それぞれ。明確な目的があるのなら、
それぞれのお寺に伝承されている、ありがたいご利益に頼ってみるのもいいものです。
学業向上、良縁成熟、……今、叶えたい願いは?
自分に合ったスタイルで。癒しの旅へ。
健康増進、パワースポット巡りなど目的や巡り方は人それぞれ。
歩くもよし、ドライブもよし、グルメやショッピングも一緒に楽しむもよし。
自分に合ったスタイルを見つけて、気軽に出かけてみましょう!