香川旅帖 特別編 丸亀市

『UDON』から始まり広がった縁。地元・香川に、多くの人を案内してきました

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香川県に縁のあるさまざまな分野で活躍している著名人たちが、それぞれの香川の思い出やエピソードを語る企画です。

社会現象を巻き起こした『踊る大捜査線』シリーズで監督を務め、数々のヒットドラマ・映画を世に放ってきた映画監督・演出家の本広克行さん。
映画『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)、『UDON』(2006年)、『曲がれ!スプーン』(2009年)では香川県をロケ地に「さぬき三部作」として撮影をされています。
「地元への恩返しのつもりで撮った作品」から、現在も続く『さぬき映画祭』を盛り上げる一翼を担った本広さんは、そこで生まれた縁から、多くの人を香川県に案内してきたそうです。現在も芸能や芸術方面を中心に“香川県の案内人”を担っている本広さんに、話を聞きました。

地元を見つめ直すきっかけが、讃岐うどんであり『UDON』だった

―『UDON』が公開されたのは2006年。そもそもどんなきっかけで、うどんを題材にした作品を撮ろうと考えたのでしょうか?

当時、数十年ぶりに同窓会の案内があったんですよね。参加しようか迷っていたんですが、地元にいる弟たちに話をしたら、『うどんを題材にしたガイドブックを出したり、面白い活動をしている人たち』(※)がいると知って。俄然、興味が湧いたんです。
※『UDON』の物語のモデルになったといわれる「麺通団」のメンバー

それで久々に地元・香川に帰ったら、「あれ? なんだかうどん美味くなってない?」って衝撃を受けたんですよ。

―うどんを「再発見」された、ということですね。

 ええ。同窓会でも友人たちに後押しされて「映画を作ろう!」という気になりました。さっそく、当時の会社のプロデューサーたちに提案したら、「面白い」と企画に乗ってくれて。
そこからの企画を煮詰めていく日々は、大変でしたが、とても思い出深いですね。東京から日帰りで香川に行って、うどん屋を5軒くらい回って帰ることもザラにありました。

―映画『UDON』の主人公たちがたどる青春エピソードと、通じるものがあります。

麺通団の方々とも知り合って話を聞くなかで、「こんな面白くて、感動的で、笑える話がいっぱいあるんだ!」と、得るものがいっぱいありましたね。



 

子どもの頃から目に焼き付いている風景を、形に残したい

―同窓会という地元の縁をきっかけに、映画化の話が着々と進んでいったわけですね。
 
その後に参加した、さぬき映画祭の前身となるイベントでも、故・大林宣彦監督から「君たちの世代も、故郷への感謝を込めた作品を作った方がいいよ」という言葉をいただいて。
そうした流れのなかで生まれたのが、『サマータイムマシン・ブルース』『UDON』『曲がれ!スプーン』までの、通称「さぬき三部作」なんです。
子どもの頃から目に焼き付いている風景を、形に残したいという想いが心のなかにあったんだと思います。
 
―監督にとっての、「うどんにまつわる原風景」はなんでしょうか?
 
小学生の頃、地元だった丸亀に、1玉80円か90円くらいで食べられるうどん屋さんがあったんです。うどんを食べたときに「美味しい!」と、その味に衝撃を受けるほど感動したことが記憶に残っていますね。
昔、丸亀と多度津の間くらいに、釜揚げうどんの美味しいお店があって。僕は釜揚げうどんが大好きなんですが、当時は「うどんはごちそう」みたいな感覚でした。家族で行くのが恒例行事でしたね。
 
―ご家族といえば、監督の弟さんが、東京でうどん屋をされていますよね。
 
ええ、四谷で「讃岐本広うどん」という名前で。
弟のお店は冷たいぶっかけがめちゃくちゃ美味いんですよ。僕はよくうどんの出来栄えを見るために、あえてかけうどんを食べますが(笑)。
 
 

うどんから現代アートまで。多くの人を香川に案内してきました

―『UDON』の撮影中は、出演者さんたちをうどん屋さんへお連れしたりしたんですか?
 
撮影のない日は、みんなで「どこのうどんを食べにいく?」という話ばかりしていましたね。そうすると地元のうどん通の人がお店を教えてくれたり、当時撮影を手伝ってくれていた僕の同級生たちが車を出してくれたり。
あの頃の交流は、とても思い出深いです。本当にいろんなところにみなさんをお連れしたなあ。みんな必ず2〜3軒は、はしごするんですよ。
いまだにプライベートで、香川までうどんを食べに行ったというお話も聞きます。ご案内した甲斐があって、本当にうれしい限りですね。
そうそう。当時お世話になった「松岡」といううどん屋さんが閉店されるという話を聞きつけて、松岡ファンのアーティストの方と一緒に朝イチの飛行機で食べに来たことも。東京から来て滞在時間は1時間ほどでしたが、印象に残っていますね。

―監督が香川県への「案内人」のような感じになっているんですね。
 
そうかもしれないですね。今はうどんだけじゃなく現代アートも注目されているし、数えきれないほどの人を案内してきました。
僕、香川の現代アートも、だいたい見ているんですよ。だからその辺も組み合わせて、「今度香川に行く」という人へ旅行プランを作ってあげたり。



 

さぬき映画祭で生まれた縁と経験が財産

―さて、監督といえば「さぬき三部作」ともう1つ、2013年〜2019年までディレクターを務められた「さぬき映画祭」でも、香川を盛り上げる活動をされましたよね。

振り返ると…大変でしたけど、当時生まれたご縁が今も続いていているんだから、感謝しかないですね。
地方で映画祭を7年も継続できたこと自体が、僕の財産になっていると感じます。スゴいことをやっていたんだな、と。
 
―映画祭では、監督の作品や仕事で関わった多くの方々が、参加されています。
 
映画にかかわる多くの方々から「映画祭に呼んでくださいよ」と口々におっしゃっていただいて。いろんなクリエイターたちと集まって、夜は連日のように骨付鳥などの美味しいものを食べて、皆さんと交流した日々が思い出に残っていますね。
 
―そんな活動の成果があってか、今度は若い映画監督たちが、自分の地元を盛り上げるべく、同じような試みをされていますよね。
 
そうなんです。あちこちで同じような映画祭が開かれて、今度は自分がゲストとして招かれたり、運営のやり方を教えに行ったりして。
いま「映像作り」をテーマにしたオンラインサロンをやっているんですが、それもさぬき映画祭で培ったものがベースになっていたりするんですよ。
僕も、実際に映画祭をやってみて分かったことがずいぶんあったから、求められる限り経験をお伝えしていきたいですね。

どんなテクノロジーも、生で見ることには敵わない

―多くの方々を香川に招いてきた本広監督だからこそ、これから香川を訪れる方に向けて、メッセージをお聞かせください。
 
月並みかもしれませんが、瀬戸内の海も、特徴的なお椀型の山々も、生で目にしてこそって思うんですよね。もちろんうどんも、本場の香川で食べてもらいたい。
映画の仕事という業界にいるからこそ、どんなにテクノロジーが進歩しても、「生で見ること」には敵わないな、と感じているんです。
飛行機が高松空港へ降り立つまでの山々の美しさ。岡山から瀬戸大橋を渡って県内に入るまでの道のり。全部、香川県を味わうストーリーですよね。
ぜひ、その目で香川の良さを味わってください。
 
【取材後記】
長く離れていた地元・香川を、偶然のきっかけから「再発見」したという本広監督。
映画作りに、そして映画祭にと、さまざまな形で人と縁を作り、監督にしかできない形で香川へ人を呼び込む活動をされています。
 
監督が表現したい香川県の世界観を知るなら、まずは地元愛あふれるストーリーの映画『UDON』を観るのが一番。
そして香川を実際に訪れ、美しい景色などを生で見て香川を堪能してくださいね!
 
 
【プロフィール】
本広 克行(もとひろ かつゆき)
演出家・映画監督
香川県出身。1996年に初の映画監督作品『7月7日、晴れ』で劇場デビュー。2003年に公開された映画『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』では、日本映画(実写)興行収入記録歴代1位の座を獲得。
近作は映画『亜人』(2017年)、『ビューティフルドリーマー』(2020年)、『ブレイブ -群青戦記-』(2021年)
2013年~2019年 さぬき映画祭ディレクター

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