瀬戸の恵み さぬきの旅 ~せと、人、アートで おもてなし~

日本一小さい県でもある本圏域は、風光明媚な多島美を誇り、「世界の宝石」とも称される瀬戸内海と内陸部が不可分一体として発展してきました。
  • 瀬戸内海

    瀬戸内海

  • Google Earth Image Landsat /Copernicus ©2016 Cnes/Spot Image Image©2016 DigitalGlobe

    Google Earth Image Landsat /Copernicus ©2016 Cnes/Spot Image Image©2016 DigitalGlobe

■世界にも認められた瀬戸内海の価値
 風光明媚な多島美を誇り、「世界の宝石」とも称される瀬戸内海は、江戸末期から明治期にかけてここを訪れた外国人からも「これ以上のものは世界の何処にもないであろう」(フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン)、「これまで日本で見た最も美しい景色のひとつ」(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)と絶賛されました。

■我が国で最初の国立公園
 瀬戸内海は、昭和9年3月16日に我が国で初めての国立公園として指定されました。現在の瀬戸内海国立公園の範囲は、1府10県の広範囲に及んでいますが、最初に指定されたのは、本圏域の備讃瀬戸を中心とした区域でした。

■瀬戸内海と内陸部が不可分一体として発展
 大部分が海岸線から20kmの範囲内にある本圏域は、古来から、人、物、文化、情報が、瀬戸内海を介して往来し、歴史的に見ても海と陸が不可分一体として発展してきた土地柄であり、内陸部も含め全域が同一の文化圏に属しています。
 また、平地が多いため、道路はよく整備されており、東西には高松自動車道が横断し、JRや私鉄(琴電)も放射線状に広がっていることから、圏域内の移動の利便性は非常に高く、圏域内全域が1日生活圏を形成しています。
古来から、瀬戸内海を通じて、人・物・文化・情報が往来し、それらを受入れ育まれてきた瀬戸内の文化と暮らしが根付いています。
  • 松平家(高松藩)

    松平家(高松藩)

  • 京極家(丸亀藩)

    京極家(丸亀藩)

  • 北前船 こんぴら参り

    北前船 こんぴら参り

■香川の文化を発展させた北前船とこんぴら参り
 本圏域は、江戸時代から、松平家(高松藩)と京極家(丸亀藩)の治政のもと、和の文化を培ってきました。
 また、北海道や日本海側の港から下関を経由して大阪へ米や魚などの物資を運ぶ北前船の寄港地として、讃岐三白(塩・砂糖・綿花)の積出し、海産物の積卸等物資の集散地となり、人・物・文化・情報の交易で栄えました。また、北前船の帰港により、積荷を生産するための農村の生産力が増加するとともに、他地域の言葉・食・工芸技術等の文化が伝播されました。
 さらに、江戸時代中期、こんぴら参りが、お伊勢参りと並び庶民のあこがれとなり、庶民のみならず、多くの文人墨客が、瀬戸内海を介し、船でこの地を訪れました。

■今もなお受け継がれている伝統文化
 瀬戸内の風土に育まれながら培ってきた伝統美は、江戸文化の粋を集めた栗林公園の大名庭園や、金刀比羅宮、善通寺に代表される寺社仏閣の建物や所蔵品に、今も垣間見ることができます。
 瀬戸内生まれの伝統文化は、これら歴史的文物だけでなく、庵治石に代表される質の高い材料と、「讃芸・讃技(さぬき)」ともいわれた讃岐職人の高い技術により受け継がれてきた、漆器や盆栽、民芸品などの工芸技術や、さらには、郷土料理や郷土料理を支える和食の基本調味料“さしすせそ”の製法にも見られ、この地に住む人々の普段の暮らしの中にしっかりと溶け込んでいます。
人と人との交流(=人の輪)の中で新たな芸術・アートが生まれ、本圏域ならではの魅力となっています。
  • 香川県庁舎東館

    香川県庁舎東館

  • 香川県庁舎東館

    香川県庁舎東館

  • 清水久和「オリーブのリーゼント」

    清水久和「オリーブのリーゼント」

  • 藤本修三「八人九脚 」 撮影:高橋公人

    藤本修三「八人九脚 」 撮影:高橋公人

  • 吉田夏奈「花寿波島の秘密」 撮影:高橋公人

    吉田夏奈「花寿波島の秘密」 撮影:高橋公人

■香川県とアートの出会い
 昭和30年代当初、「デザイン知事」と呼ばれた金子正則知事は、「経済の成長だけでなく、同時に文化が成熟してこそ県民は経済的・精神的に豊かな暮らしを送ることができる。(出典:政治とはデザインなり)」という考え方のもと、「香川県芸術家村構想」を発案しました。これは、郷里の先輩である、世界的に著名な画家、猪熊弦一郎氏の影響が多大にあったと推察されます。

■世界で活躍する芸術家の来県と素材との出会い
 猪熊弦一郎氏は、香川県庁東館の建設の際も、日本現代建築の祖といわれる丹下健三氏を金子知事に紹介しました。さらに、当時ニューヨークで彫刻家として制作活動を行っていたイサム・ノグチ氏との出会いの場をつくり、香川県牟礼町で産出される庵治石で作品制作を行ったことをきっかけに、牟礼町にアトリエを構えるに至りました。その後、丹下氏の紹介で彫刻家の流政之氏が来県したと言われ、その流氏の薦めで20世紀を代表する家具デザイナーのジョージ ナカシマ氏が来県。当時日常の生活用具として使い続けてきた様々な民具を、より洗練された新しい造形として再生しようという「讃岐民具連」の一員に加わり、制作活動を通じて讃岐の工芸職人たちと交流を図りました。

■直島に現代アートが生まれ瀬戸内国際芸術祭へ
 瀬戸内海の直島、豊島、犬島にて現代アートや建築を通じた地域活性を目指して1987年より行われている、ベネッセホールディングスと福武財団によるアート活動、ベネッセアートサイト直島がベースとなり、2010年の「瀬戸内国際芸術祭」開催へと繋がっていきました。
地域住民が主体となり、地域独自の資源を掘り起し、磨き上げる「まちづくり型観光」に、圏域全域で取り組んでいます。
  • むれ石あかりロード

    むれ石あかりロード

  • 仁尾八朔人形まつり

    仁尾八朔人形まつり

  • 小豆島 迷路のまち

    小豆島 迷路のまち

  • 坂出あまからめぐり

    坂出あまからめぐり

■「まちづくり型観光」の推進
 本圏域では、地域住民が主体となり、史跡や町並み等の歴史素材、地域のイベントや祭り、郷土料理や民芸・工芸品等の文化素材など、地域独自の資源を掘り起こし、磨き上げる「まちづくり型観光」を平成16年度から推進してきており、地域住民の熱心な取り組みにより、「むれ源平石あかりロード」「仁尾八朔人形まつり」「引田ひなまつり」など、新しい「まちづくり型観光」が生まれ、定着してきています。

■まち歩き「てくてくさぬき」の推進
 本圏域では、市町や観光協会、商工会、女性団体、学校など地域住民が主体となり、地域の歴史、文化、自然、産業、食などを、地元を知りつくしたガイドが案内するまち歩きを、平成19年から推進してきています。催行日やコース詳細などを紹介する「てくてく通信」を季節ごとに発行し、一元的な情報発信を行い、平成27年度は、春期、夏期、秋期あわせて229コースのまち歩き「てくてくさぬき」が実施されています。
四国遍路で育まれてきた「おもてなしの心」が、地域住民の中に根付いています。
  • おせったい

    おせったい

■四国遍路で育まれてきた「おもてなしの心」
 四国八十八ケ所霊場を開創した弘法大師空海の生誕地である善通寺や、四国遍路の結願寺である大窪寺などがある本圏域の住民には、古くから、お遍路さんへの「おせったいの心」「おもてなしの心」が根付いています。

■「観光香川おもてなし運動県民会議」の設立
 本圏域では、観光客の方々に「来てよかった」、「また訪れたい」と思っていただけるよう、平成27年を「観光香川おもてなし元年」と位置づけ、全県的な「おもてなし運動」を展開しており、同年10月には、観光協会、宿泊業、旅行業、小売業、運輸業などの観光関連団体や、経済団体、住民団体、大学、マスコミ、行政機関など、県内各界各層を代表する幅広い分野の団体等で構成する「観光香川おもてなし運動県民会議」を設立しました。