• かつて金毘羅詣での客で賑わった丸亀港のシンボル「太助灯籠」
    かつて金毘羅詣での客で賑わった丸亀港のシンボル「太助灯籠」

丸亀港からアクセスする島旅

優れた航海技術で名を馳せた塩飽(しわく)水軍の本拠地へ

瀬戸大橋の西に位置する丸亀港からは、戦国時代に村上水軍と並び称された塩飽水軍の本拠地・本島(ほんじま)をはじめ、牛島、広島、手島、小手島など、海の民の歴史と文化が色濃く残る塩飽の島々へアクセスすることができます。
塩飽水軍の本拠地として栄えた
  • 「塩飽大工」が手がけた笠島まち並み保存地区

    「塩飽大工」が手がけた笠島まち並み保存地区

丸亀港からフェリーで約35分。潮の流れが速いこの島の周辺では、腕利きの船乗りが多く育ったことから、戦国時代には塩飽水軍が活躍。信長、秀吉、家康の3人の天下人に重用され、自治を許されていました。江戸時代には海運で栄え、今も歴史情緒あふれる文化財の宝庫として知られています。
海の民の歴史と文化が残る
  • 瀬戸大橋の西に浮かぶ塩飽の島々

    瀬戸大橋の西に浮かぶ塩飽の島々

本島、広島、与島、牛島、手島、小手島など、大小28の島々からなる塩飽諸島。「塩飽(しわく)」とは、坂出などで盛んだった「塩焼く」からきているとも、激しい潮流を意味する「潮湧く」からきているともいわれています。周辺海域は古くから海上交通の要衝でしたが、潮の流れが速いため船の操舵に長けた島民の航海技術が重宝され、戦国時代には塩飽水軍が活躍。江戸時代にも自治権が安堵され、独自の歴史や文化が育まれてきました。